冬の船 7
道玄坂の途中で
「久しぶりです」
台風が近づいてくるこの夕暮れを僕は平凡に帰宅を急いでいたから
聞こえないふりをして急ぎ足で坂を上った
すると
バサリと
何か大きなカバーのような
建築現場の大きなブルーシートのような覆いが僕に被せられようとしていた
もっとも、その大きな覆いはブルーではなかった
夜空であった
その「久しぶりです」と声をかけてきた妙に大きな女は
僕に夜空を被せたのだ
それも
渋谷の夜空ではなく
どこかしら田舎町の歩道橋の上の夜空を被せたのだ
気がつくと
星々瞬く田舎町の歩道橋に僕と大きな女は立っていた
大きな女は僕に
八朔をくれた
冬の船 6
港に行って思い出す
出航した船を思い出す
僕は船に乗った
それを思い出す
銀河を宿した馬を
思い出す
少女の
かわいいおへそを
思い出す
冬の船は
出航して
永遠航路をゆく
だから
何度だって出航する
僕は出航する
冬の船で
冬の船 5
小惑星の軌道を変える方法は21世紀初頭に盛んに検討された
「小惑星を白く塗ればいい。太陽光の圧力を利用して軌道を変えるのだ」
との意見が出現した
現在、地球に向かって着実に邁進する小惑星を
実際に白く塗る作業を
退屈な作業を黙々とこなしているのは
時空ハイブリット生物の
ナーブイであった
月面に
折り畳んで収納してあった
スペースヨットを
月上空で開き
小惑星に向けて発進させる
単純な作業ではある
スペースヨットの巨大な帆は
もちろん白い
もちろん
現代においては
白い色のみの効果で推進力を得るという21世紀初頭の
のんきな方法からは
著しく進化してはいる
だが
時空ハイブリット生物ナーブイは
先人の発想の柔らかさを著しく尊敬している
冬の船 4
竜の背を
首里城へと急ぐ
竜の背
竜はほんもの
各地に伝播したウツシ竜じゃない
ほんものよと
ユターシャは言う
竜の背を
僕とユターシャは
歩いて首里城へと急ぐ
祈りを持って
すすきは
それぞれを鼓舞する
ぐすくは
くすぐって
歌を歌わせたと
ユターシャは言う
冬の船 1
トンネルをくぐるのは好きだ。短いトンネルで構わない。沖縄のこととて、冬だろうが夏だろうが季節は選ばない。冬を逃れて春へと続くトンネルを探していたのではない。ただ歩いてトンネルをくぐるのが好きだったのだ
冬のことだった
僕は寂しがりではないのだが、ときをりいたたまれなくなって、朝まで街をさまようことがあった
世界が狭く感じられ、新鮮な思考を持つ人がどこにもいないように感じられ、新しい風が来るのを待てず、新しい風を探して町中をさまよっていた時期があったのだ
新しい風だと思った
ブルーの新しい風だった
長い真っ直ぐな髪を波打たせてユターシャは歩いていた
深夜といっていい時間に若い美しい女性がひとりで歩いているのに危なっかしい感じがしなかったのはなぜだったのだろうか
今思う
ふたりが出会ったあのよる
世界にはユターシャと僕のふたりだけが存在していたのだ
だからユターシャには危なっかしさが存在していなかったのだ
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